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【松本紹圭のテンプルモーニング法話と対話】「お骨」のかわりに「土」になる。ヒューマン・コンポスティングとは(2021/6/11)

最終更新: 6月30日

東京神谷町の光明寺では、月に2回ほど「掃除ひじり」の松本紹圭さんがTemple Morningを開催しています。

参加者と一緒に20分お経を読み、20分お掃除をし、最後の20分間は紹圭さんが「今、感じていること。考えていること。出会ったもの」などについての話をシェアする時間です。

90回近く行われてきた参加者との“法話と対話”——ダイアローグ。

その中から、ぜひみなさまにも考えていただきたいお話を、少しずつテキスト化していくことにしました。

光明寺のTemple Morningの雰囲気を少しでもお伝えできたらと思っています。

(text by Temple Morning アンバサダー)



今日はご参加いただき、ありがとうございます。

いつも法話というほどでもないんですけど、みなさんに朝ちょっと考えるというか、なんかのきっかけにしていただければなと思ってるんで、少しお話をさせていただきます。


先週、山に登ってきました。普段そんなに別に登山熱心なわけじゃないんですけど、わざわざ大分まで行ってきたんです。

普段は京都に住んでいるので——ちょこちょこ東京に来た時に、こうして掃除をするっていうことをやっています——たまに滋賀県の山に登ったりはするんですけど、今回たまたま登山アプリのYAMAP(ヤマップ)の社長と友だちになって、一緒に山を登りませんかってお誘いをうけて、それはちょっと面白そうだと思ったので行ってみたんですよね。

日帰りで福岡から出発して、福岡のお坊さんのお友だちにお寺のハイエースを出してもらって。お寺の名前がこう、横に書いてあるハイエースで登山に行きました。

で、山登りしながらいろいろ社長の春山さんと話したんです。

春山さんはずっと巡礼が好きで、星野道夫さんを慕い、大学卒業してアラスカにしばらく滞在してイヌイットの生活をしてみたりとか、いろいろしながら山に登ることも含めて「歩くこと」と「精神性」「霊性」「自然との関わり」みたいなことをずっと考えてきている。

そこで「死生観」から「埋葬」の——(光明寺のテラスから見えるすり鉢状の墓地をふり返りながら)ちょうど今日はこうしてお墓もあるので——話になって「どうやって、どういう風に埋葬されたいか」という問いで思い出したことがありました。

自分はお坊さんだから火葬場に行く機会が多いんですね。

火葬場に行って火葬して、だいたい1時間もすれば骨が出てきて、そのお骨を拾って骨壺に納めてそれをお墓の下にお納めするっていうのが一般的です。

日本は99.9%火葬なんです。

だからあまりにも当たり前で、自分自身も火葬するのが当たり前というか、それ以外の選択肢を知らなかったんですけど、実は99.9%っていうことは0.1%は違うということですよね。

実は火葬じゃない形態が若干増えている傾向もあるらしくて。っていうのは、ムスリムの人が増えている。以前、神戸に行った時にモスクを訪ねてムスリムの人とちょっとしゃべったんですけど「ムスリムの人は埋葬どうするんですか」って聞いたら「ムスリム専用の墓地があって、宗教上の理由でそこは土葬なんだ」って言うんです。

だから意外と日本でも火葬以外の選択肢もないわけじゃない。法律で絶対そうしなきゃいけないって決まってるわけじゃないんですね。

そこで、みなさんどういう風に「納まりたいか」っていうのをちょっと考えてもらったら面白いかなと思うんです。




最近出てきているのが、アメリカで「ヒューマン・コンポスティング」——コンポストってわかります?「肥料」です。お庭とかで生ゴミを堆肥にしたりしますよね。それのヒューマンだから、人間のご遺体を堆肥にするという。それだけ聞くと「人間の堆肥化」なのでちょっとショッキングな響きなんですけど。

土葬に近いっちゃ近いんです。でも土葬だと1年も2年も土に還るまでかかるんですけど、その「ヒューマン・コンポスティング」は、州ごとに法律が違うアメリカだとワシントン州ですでに許可が出て実施されていて、ご遺体を納めるところにバクテリアとかそういう菌類を入れて、ある意味「埋葬テック」っていう感じなんですけれども——バイオテクノロジーですね——それでだいたい6~7週間で土に還るっていうのがあるらしくて。

前から興味はあったんですけど、最初は違和感っていうか「えーそんなことあるんだ」と。

土に還って、じゃあその「おじいちゃんの土で採れたトマトだよ」を食べたいかどうか、わかんないなと思ったんです。

2年前にワシントン州のニュースを見てそんな記事を書いたんですけど、2年ぶりにそのことを考えてみると自分の死生観も変わってるっていうか、なんか「有り」な気がしてきて。

元々の文脈としてかなり重要なのは「脱炭素」なんです。

ガソリンをすごい使うわけですね、火葬は。だから火葬はエコじゃないっていう。

あ、そんな観点があったんだ、と。

考えたこともなかったんですけど、日本の火葬に使うガソリンから出るCO2は、東京都の生活者が生活で排出する1年間のCO2と同じくらいらしいんですね。結構な量だなと思って。

2年前と比べて、今はニュースでも脱炭素がどんどん取り上げられるじゃないですか。

最後亡くなる時にまで地球に迷惑をかけるのか、という視点で考えはじめると「有り」だなって感じもしてくるんですよね。

で、ちょっと周りの人にあらためて聞いてみたんです。たとえばたまたまメッセンジャーでやりとりしてたYahoo!の社長の川辺さんはすごい田舎に住んでるんですよね。週の半分以上は山羊を背景にしてプレゼンをするっていうことをよくやってるんですけども、その川辺さんに「こういう埋葬があるんですけど、どうですか」って聞いたら「ああ自分はもう絶対自然に還りたい派です」っていうふうに返ってきて、ああやっぱりそうかと思って。

そういう生活にシフトしている人はやっぱり火葬より土葬、というかヒューマン・コンポスティング「有り」なんだ、と。

みなさんはどうでしょうか。

あんまり考えたこともないと思うんですけど。

え!っていう感じか、有りだなっていう感じか。

お骨のかわりに土になる。どうですか。有りだなっていう方。

手、挙げにくい?

(参加者の半数以上が挙手をする)

あ、結構あるんですね。

おお。ありがとうございます。おおー「有り」ですね。

あんまり抵抗ないですか?どうですか?




参加者 1「やっぱり、今後の地球のあり方っていうかSDGsという観点からすると、そういった地球に還るっていうのはすごくいいと思います。最初はお骨っていう最後の形に残らないっていうところで、あっそうなんだ…って思っちゃったりもしたんですけども、大きな目で見ると地球に残り続けるから、それはそれで新しい形なのかなって思いました」

うん。そうですね。確かにカタチが無くなって、自分がどこ行っちゃうんだろうみたいなのあるかもしれないですけど、一応、土もあるし。

YAMAPの社長・春山さんとしゃべっていて思ったのは、それを本当にすすめるんだったら、山をお墓にしちゃえばいいのかなと。山をお墓にして、自分がどの山で眠りたいかっていう。で、そうなると墓参りは里山保全活動でいいんじゃないかとか。「おじいちゃんの山はあそこだよ、じゃあ年に一回ぐらい行ってちょっと草刈りするか」とか。

この石のお墓の形って——なんかお坊さんなのにお墓を否定するようですが——べつに絶対こうじゃなきゃいけないわけじゃないですよね。わりと近代に確立された形なので。

個人的にはこの石のお墓も良いんだけれども、だったら一本一本、石より木にしちゃって森のほうがいいかなって思ったりして。

どうですかね。やっぱお骨は残りたい感じですか。

参加者 2「今までお骨は残るもんだと思ってたんで、考えたことがなかったです」

ま、あんまり考えないですけどね(笑)

でも「散骨」ってあるじゃないですか。自分が死んだら骨は海に撒いて魚の餌にでも…って言いますけど、今の火葬って高温すぎるんです。すごい熱で焼くんで骨は全部セラミック化すると。だから撒いても自然に還んないんです、実は。砂みたいになっちゃって。魚も食べない、なんの栄養もない。出土する土器、あれとおんなじです。

だから実は骨は自然に還らないんです。

本当にそうなのかと調べたら事実で。ああなんか、散骨って自然に還るイメージだったけど違うんだ、と。

「火葬」ってオーガニックなあり方としてどうなんだろうって、すごく思うようになったというシェアリングでした。

どうですかね。あと5分ぐらい。ぜひ自分も骨の話をしたいっていう方。

参加者 3「最後は自然に還るという考え方が基本あって、姥捨山じゃないですけど歳とったら自然の中に連れていく。悲劇みたいに語られるけど、苦しまないように、みんなに迷惑かけないようにっていう考え方や、山の中のご遺体が自然に還って肥料になるっていう考え方をみんなで共有できれば、そういう方向に進んでいけると思います。でも自然の近くに住んで自然に還りたい人もいれば、高層マンションに住んで利便性を追い求めたい人もいる。どちらの人でも根っこにある精神性を共有できれば、土葬でもポジティブにとらえていけると思うんです。でも今は、経済活動の最適をそれぞれが優先するあまり、結局みんながハッピーをシェアできないんじゃないか。だからそのベースになる価値観、精神性をシェアできるようにするのがお寺の役割なのかなって考えたりします」

そう、ヒューマン・コンポスティングの発想としては、たとえばCO2の観点からはいいんでしょうけど死生観にかかわってくるんですよね。単純にテクノロジーをもってきて、こっちの方がCO2出ませんよっていう話では済まないと思っていて。だからそこでお坊さんというか宗教に関わっている、死生観に関わっているところに立っている人がそういう動きをしだすっていうのは、結構意味があるのかなって思ってるんですよね。

ただテクノロジー文脈でCO2が少ないですよって言われるのと、ヒューマン・コンポスティング有りじゃないかっていうことをお坊さんが言い出すっていうのはちょっとまた受け止め方が違うと思うんです。

で、僕は結構有りだなと思っている、という話でした。

みなさん、土に還りたい人は教えてください。



参加者 4「土まで還るっていうのは、骨もですか」

そうみたいですよ。イメージとしてもしかしたら、あちこちの山で勝手にどんどん、あっちにもこっちにも人が埋まっているみたいなイメージだとちょっとなんか怖いなとか、公衆衛生上どうかな、とか思うかもしれませんけれど。でも今の火葬場と同じように、ヒューマン・コンポスティング施設があって、一か月そこに納まっていて、で「ああおじいちゃんそろそろかな」って行ったら「はい、なになにさんの土です」って言って渡されるっていう。たぶんそういう形でお骨の代わりに土を持ち帰るみたいな。もしやるとしたらです。

だから、あちこちに遺体が散乱して埋まっているっていうイメージではなくて、ちゃんと完全にコントロールされた形でやるっていうことだと思うんです。

興味のある方はシアトルにめちゃくちゃおしゃれな(笑)コンポスティング施設が建設中なので、その映像とかも出てきますから見てみてください。

半分ぐらいの人が手を挙げたんで、今日のニーズ調査は完了です(笑)

そんなことで、そろそろお時間ですね。

1時間のTemple Morning、こんな感じでやっておりますので、またよかったらご参加ください。

ありがとうございました。

いってらっしゃい。


(2021年6月11日(金)神谷町・光明寺 第88回Temple Morningにて)